語坊|ユファン

横須賀・三浦を中心に活動する朗読ユニット「語坊(ユファン)」のウェブサイトです。

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広い河の岸辺
スコットランド民謡  八木倫明 訳詞

河は広く 渡れない 飛んで行く翼もない
もしも小舟があるならば 漕ぎ出そう ふたりで

愛の始まりは美しく 優しく花のよう
時の流れに色褪せて 朝露と消えてゆく

ふたりの舟は沈みかける 愛の重さに耐えきれず
沈み方も泳ぎ方も知らない このわたし

河は広く 渡れない 飛んで行く翼もない
もしも小舟があるならば 漕ぎ出そう ふたりで





「赤毛のアン」という物語を読みました。
もう大大有名、誰もが読んだ、聞いたことのある作品と思います。
私はもちろん日本語訳で読むのですが、村岡花子の訳したもの。
そして最近「邦訳70周年記念村岡花子訳の決定版!」という可愛い感じの絵の表紙の一冊を見つけました。えー?
読み進めていくと、以前のとなんとなく違う、訳が細かく付け加わっている、漢字表記が多くなっている。
そして涙がやたらと出てくるのです。
元気がなくなってくると「赤毛のアン」どうしようかなーなんて思う問題を抱えた時も「赤毛のアン」と
大分「赤毛のアン」に援けてもらっていた私は歳を重ねた分、マリラやマシュウにも心が移っていました。

で、「広い河の岸辺」がここに登場した訳は「赤毛のアン」から村岡花子へ、村岡花子から、自伝的物語のテレビ番組へ、その挿入歌は「広い河の岸辺」だったとの一連想から。
この作品、その前のテレビ作品でも流れ、結構巷で歌われたのですね。

曲は16,17世紀ごろから編曲もなされつつ歌い繋がれていると。
詞に至っては、多国のそれぞれの原語で、意訳も含めつけられているということらしいです。
日本でもこの八木倫明氏のほか4,5人の方が詞をつけておられます。
八木倫明氏ご自身のこの詞発表前と後の人生にも興味をもたされました。

「希望の歌」である。
聞かれる方、歌う方々は涙を流しながらおっしゃる。
「希望の歌」ですと。

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12月13日13時半より 「語坊房相山の集い」開きます。

事前にお問い合わせ下さってぜひお出かけください。
読み手としてご参加もご連絡いただけますよう、楽しみにお待ちしてります。

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童神(わらびがみ)
古謝美佐子 作詞  佐原一哉 作曲


天からの恵み 受けてこの地球(ほし)に
生まれたる我が子 祈り込め育て

イラヨーヘイ イラヨーホイ イラヨー 愛(かな)し思産子(うみなしぐゎ)

泣くなよーや ヘイヨー ヘイヨー 太陽(てぃだ)の光受けて
ゆういりよーや ヘイヨー ヘイヨー 健やかに 育て

暑き夏の日は 涼風を送り
寒き冬来れば この胸に抱いて

イラヨーヘイ イラヨーホイ イラヨー 愛(かな)し思産子(うみなしぐゎ)

泣くなよーや ヘイヨー ヘイヨー 月の光浴びて
ゆういりよーや ヘイヨー ヘイヨー 健やかに 眠れ

嵐吹きすさむ 渡るこの浮世
母の祈り込め 永遠の花咲かそ

イラヨーヘイ イラヨーホイ イラヨー 愛(かな)し思産子(うみなしぐゎ)

泣くなよーや ヘイヨー ヘイヨー 天の光受けて
ゆういりよーや ヘイヨー ヘイヨー 天高く 育て



ここにあるのは「ヤマトグチ」バージョン。
「ウチナーグチ」バージョンというのもあります。

沖縄の方が作られたのです。
作詞者作曲者、ご夫婦ですと。

宝です。
子どもたち。
私たちもこうして生まれ、こうして祈り願われ育ってきたのでしょう。
誰もがこう祈られたことはあったに違いない。

「そうでない」。
そうでないところ、そうでない時代に居合わせた子たち、何処にいますか?今。
ごんなさいね。

「名前」という作品があります。
おかあさんになる、おとうさんになる二人が「生まれます!生まれます」と
走っていきます。満開の桜のアーチの下をタクシーに乗って。
二人はケンカになるほど「あなた」に名前を考えています。
まだ決まっていません。
ただ、二人ともあなたがあなたであることをあらわせたらと願っています。
という作品。角田光代さんの。

又つい最近、「今の私から過去の私へ」「今の私から未来の私へ」という手紙を
仲間たちそれぞれで書きッコしました。みんな今を「生きて」います。
「過去の私」も「未来の私」へ今を通してつながっています。
過去には感謝が、未来には希望があります。
子は希望です。

私たちも子どもですね。

あなたのおなまえはなんというのですか

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