語坊|ユファン

横須賀・三浦を中心に活動する朗読ユニット「語坊(ユファン)」のウェブサイトです。

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昭和53年 1978年。
♪雪どけ間近の北の空に向かい 過ぎ去りし日々の夢を叫ぶとき・・・・・・・
この歌が山口百恵さんによって歌われ巷に溢れました。

いい日旅立ち
谷村新司 作詞・作曲


雪解け間近の北の空に向い 過ぎ去りし日々の夢を叫ぶ時
帰らぬ人達 熱い胸をよぎる せめて今日から一人きり 旅に出る

あゝ日本のどこかに 私を待ってる人がいる
いい日 旅立ち 夕焼けをさがしに 母の背中で聞いた歌を道連れに…

岬のはずれに少年は魚釣り 青いすすきの小径を帰るのか 
私は今から 想い出を創るため 砂に枯木で書くつもり“さよなら"と

あゝ日本のどこかに 私を待ってる人がいる
いい日 旅立ち 羊雲をさがしに 父が教えてくれた歌を道連れに…

あゝ日本のどこかに 私を待ってる人がいる
いい日 旅立ち 幸福をさがしに 子供の頃に歌った歌を道連れに…


語る言葉の浮かばぬざわつく日々に、この歌を届けたいと思いました。

もう一曲。
これは横浜の方にお住まいの方が作られました。

時を越えて
三上淑惠 作詞・作曲


覚えていますか 父の背に肩車
覚えていますか 母の手のぬくもりを
時は流れ 風はそよぎ うた 歌は響き
人は山を越えて 海を渡ってゆく 命を抱いて

感じていますか 今 生きてることを
感じていますか 今 愛されてること
時は流れ 風はそよぎ うた 歌は響き
人は山を越えて 海を渡ってゆく 命を抱いて

歩んでいますか 今 この時 自分なりに
語っていますか  あなたの愛する人と
時は流れ 風はそよぎ うた 歌は響き
人は山を越えて 海を渡ってゆく 命を抱いて


ざわつく日々に  平安が来ますように

お住の倅に死別れたのは茶摘みのはじまる時候だつた。倅の仁太郎は足かけ八年、腰ぬけ同様に床に就いてゐた。かう云ふ倅の死んだことは「後生よし」と云はれるお住にも、悲しいとばかりは限らなかつた――

■一塊の土 芥川 龍之介

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こころ
金子みすゞ 作詞  吉岡しげ美 作曲



おかあさまはおとなで おおきいけれど おかあさまのおこころは ちいさい
だって おかあさまは いいました
ちいさいわたしで いっぱいだって

わたしはこどもで ちいさいけれど ちいさいわたしのこころは おおきい
だって おおきいおかあさまで まだいっぱいに ならないで 
いろんなことを おもうから



母の日がやってきます。
ア~ こんな歌がありました。
御存知でしょうか。

これを歌う主人公は子ども。
この詩を聞いたおかあさまはびっくりでしょう。
そしてほほえみ、お子さんを思わず抱きしめる図が浮かび上がります。

こんな感性を子供たちはみんな持っているのではないでしょうか。
つぶさないように、芽生えを待てるように、そして花開くように、そしてそして実がなりますように。

母の日。
子は母を想い、母は母を想い、子を想う。
母でない人も母を想います。

今年の「母の日」は5月8日。
子どもの日は5月5日です。

ちなみに、諸説ある母の日のいわれですが アメリカで1905年5月9日に亡くなったミセス・ジャービスを追悼しようと、娘さんのアンナ・ジャービスが教会で 白いカーネーションを配った。その習慣が徐々に広がり、1914年、当時のアメリカ大統領ウィルソンが アンナの母が亡くなった5月の第2日曜日を母の日と制定し、国民の祝日としたとか。所説についてはまた宿題です。ジャービスさんについても。 探究のほどよろしく。
日本では、明治末期頃にキリスト教を通じてカーネーションを配る母の日が伝わり、 1915年(大正4年)に教会で行われてから、一般にも少しずつ広まっていき、 1947年(昭和22年)に、公式に5月の第2日曜日が母の日となりましたとか。

末筆になってしまいましたが、作曲者は1949年9月11日東京にお誕生。日本の女性詩人の作品に曲を付けて歌う音楽家。「女、詩、生命…歌い続けて」40年になられるという。毎年の七夕コンサートも続けられている。(ホームページほか)

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