語坊

横須賀・三浦を中心に活動する朗読ユニット「語坊(ユファン)」のウェブサイトです。

2021年08月

暑い夏、熱い闘いの夏。
夏は過ぎ立秋です。
きょうは当地、台風が風の余韻を残していますがまず通過していった様子。
青空が広がっています。
被害にあわれた方々のご様子は、テレビ・新聞等で知ります。
お見舞い申し上げます。
こ・よ・な・く・は・れ・た・あ・お・ぞ・ら・を・か・な・し・と・お・も・う・せ・つ・な・さ・よ

今回三作「語坊の声」お届けいたします。

一作目は高知県の民話。「涼み袋」。
これを聞くと・・・・・


二作目は「かぶと虫」。新美南吉の作品です。
大頭に麦わら帽子をかぶったちいさい太郎。
この太郎の胸に広がるものは誰にでもいつの時代にもあるのでは・・・・・


三作目は「月のうさぎ」。
むかしむかし、「月のうさぎ」は森の中に住んでいたのですと。

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楽曲  沙羅の木
森鴎外(森林太郎) 詩   小松耕輔 作曲

褐色(かちいろ)の根府川石に
白き花はたと落ちたり
ありとしも青葉がくれに
見えざりしさらの木の花



森鴎外ご自宅「観潮楼」の庭に植えられた沙羅の木を詩歌集の題名にとり、その詩歌集の最後の方にこの詩があります。
1915年、大正4年鴎外53歳の時の発表とか。
沙羅の木と聞いて、インドのあの沙羅双樹の木の下を思い浮かべたり、祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の事は理をあらはす、とおもわず歌い始めたりしてしまいます。


はたりと夏椿の白い花が落ちてきたよ。
根府川石の上に。
石の濃紺の色味と沙羅の花の白
おお、この色の配り。
さらのきの白い花よ。
君 美しいではないか。
木にあったときは緑色の葉に隠れがくれに咲いていたのだものね、
青葉の中で咲いていた時にもまして根府川石の上の君。
美しいではないか。
さらのきの白い花よ。

  こんなイメージが浮かびました。

この詩には、ほかの方も曲をつけておられていますが、明治17年12月秋田の生まれの努力の作曲家小松耕輔氏を上げさせていただきました。
最期の日を迎えるころ「若いうち一ときは西洋音楽もよいけれど、やっぱり日本の音楽がいいよね」と堀内敬三氏におっしゃったという。
お母上の奏でる琴、三味線の音に親しまれ、長じて音楽大学進学、さらにはドイツ・フランスへの留学。その都度猛勉強にて語学もマスター。
戻られてからは後進の指導をはじめ、日本に合唱を根付かせる音楽活動を中心になされたと。
♪ふるさとのやまのあけくれ みどりのかどに たちぬれて いつまでも われまちたもう・・・・と竹久夢二の詩にも曲をつけられています。

森鴎外という方は・・・・


コロナ禍のステイホームで大片づけ、いやいや終活のための断捨離か。
こんな日常が、私を18歳に連れてゆきました。

バラ色の地に梅の小枝のある10円切手が貼られた四角い封筒が出てきました。
中には便箋2枚。
薄青いヒメジオンらしきカットの入ったものです。
お誕生日おめでとうと一行目。
そして、あれこれあれこれ。
――あなたは私と同様少し小心ですね・・・・。小さな冷たさを放つときも無きにしも非ず・・・・・。
かといって私が豊かな心を持っているわけでなく、温かみのある人間かと聞かれればクシュンとなっちゃう・・・・――
あれこれあれこれ。
続けて、彼女がとても好きというこの「沙羅の木」の詩を書いてくれていました。

18歳になりたての私。
「沙羅の木」が好きだった彼女。
そう、彼女はその頃、カモシカ少女と呼ばれていました。
今はカモシカマダム?!山登り家(やまのぼりか)です。
「語坊」の大応援者でもあります。
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