語坊

横須賀・三浦を中心に活動する朗読ユニット「語坊(ユファン)」のウェブサイトです。

2021年09月

じっと落ち着いて、なるべく家にとどまっていなくてはいけませんこの頃ですが、いかがお過ごしでしょう。
九月も半ばになりました。
もうすぐ秋の真ん中です。

若かりし頃、「彼岸花は、春の彼岸か秋の彼岸かどちらの彼岸に咲くか」なんて、友人たちとわいわい言い合ったことがありました。
今ならすぐわかります。

この時を待っていましたとばかりツンと芽を出し、次の日にはその先を赤く染め、あれよあれよという間に、茎はすっとすっきり伸び、あっという間にとじた指を広げたように花が開きます。
指の先々に一つずつの花。
つんつんとした細長い花びらと、そこを飛び越えて伸びる何本もの蕊。
今です。彼岸花が咲くのは。
「秋の彼岸」です。
葉はあとから「ここに僕たちの花が咲いたんだ」というかのように、花が咲き終わると出てきます。

彼岸花の球根には毒があって、モグラたちに作物を荒させないようにしているのだとか。
畦や土手に彼岸花は群れてよく咲いています。
少しずつ姿を消しつつあるように見えますが。

ご挨拶に合わせて一つお話を入れてみました。
「三浦半島 ふるさとのむかし話 ― 母は語りべ ―」より「おまんぎつね」です。

■おまんぎつね



この後、「語坊の声」もお聞き下されたし。「山椒大夫」声にしてみました。

1928年生まれの清川妙というかたのかかれた「人生のお福分け」という作品の中に「本に耽(ふけ)る―森鴎外の山椒大夫」という章がありました。
「山椒大夫」「森鴎外」賛歌の内容で、摘まみ書きさせていただくと、「私はこの作家の賢さと、ほのあたたかくなつかしい心と、その二つが重なった品格ある文章が好きなのである」とあります。
私は理由をしっかとは述べることできませんが「山椒大夫」がお気に入りでして、いつか朗読したく思っていました。
といっても、舞台でも、学びの会でも「長さ」が問題で渋っておりました。
この「語坊の声」で時が与えられました。
語坊の山椒大夫、声にしてみました。


山椒大夫


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utahakataru_202109

夏休みの旅行とばかり思いこんでいました。
東大生の「私」は秋に旅をしているのでした。

何回も映像化され、ヒロインは売り出しの女優さん。
「私」はペアで売り出されます。
この作品の原本著作は川端康成。タイトルは「伊豆の踊り子」。

 道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思うころ、雨足が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追って来た。
 私は二十歳、高等学校の制帽をかぶり、紺飛白の着物に袴をはき、学生カバンを肩にかけていた。一人伊豆の旅に出てから四日目のことだった。修善寺温泉に一夜泊まり、湯ヶ島温泉に二夜泊まり、そして朴歯の高下駄で天城を登って来たのだった。重なり合った山々や原生林や深い渓谷の秋に見とれながらも、私は一つの期待に胸をときめかして道を急いでいるのだった。そのうちに大粒の雨が私を打ち始めた。折れ曲がった急な坂道を駆け登った。ようやく峠の北口の茶屋にたどり着いてほっとすると同時に、私はその入口で立ちすくんでしまった。あまりに期待がみごとに的中したからである。そこに旅芸人の一行が休んでいたのだ。

川端康成『伊豆の踊り子』


朗読教室で必ずテキストになる作品。男性の声でききたい。
学ぶ身としては、これがこの作品らしく音声化できると嬉しい。

この物語が歌になる。文芸歌謡と呼ばれる作品が作りあげられていった。
1928年1月1日、三浦三崎の海を眼下に、城ケ島に一飛びというような
高台にあるお寺様で生まれた三浦洸一氏が歌った。
黒柳徹子もともにいたという今の東京音大、当時の東洋音大で学ばれた。
端正な明るめなとてもいい声。艶のある錬れた声音はご自身のものだけでなく、代々のDNAかもしれず。

楽曲「踊子」
喜志 邦三 作詞 渡久 地政信 作曲


さよならも言えず泣いている
私の踊子よ・・・・・・ああ船が出る
天城峠で会うた日は
絵のようにあでやかな
袖が雨にぬれていた
赤い袖に白い雨・・・・・・

月のきれいな伊豆の宿
紅色の灯(ともしび)に
かざす扇舞すがた
細い指のなつかしさ・・・・・・

さよならも言えず泣いている
私の踊子よ・・・・・・ああ船が出る

下田街道海を見て
目をあげた前髪の
小さな櫛も忘られぬ
伊豆の旅よさようなら・・・・・・


作詞の喜志邦三氏(1898/M31/3/1-1983/S58/5/2)は大阪府堺市生まれ、甲子園口に長く居住された。早稲田大学英文科卒業後新聞社勤務。12歳ごろから始められた詩作によって号を「麦雨」とし抒情詩を発表し続けた。新聞社勤務の後、神戸女学院大学で詩学など講じられた。詩集や論評を多くものし、新進詩人の育成にも努められた。国民歌謡「春の唄」「お百度こいさん」もこの方の作。

作曲の渡久地政信氏(1916/T5/10/26-1998/H10/9/13)は沖縄恩納村生まれ。
1943年歌手デビューの後1951年作曲家デビュー。「お富さん」「島のブルース」
「湖愁」「ああ青春に花よ咲け」などヒット曲多数。

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