語坊

横須賀・三浦を中心に活動する朗読ユニット「語坊(ユファン)」のウェブサイトです。

2022年02月

新春のお慶び申します正月も過ぎ、
立春にほのかな寛ぎと希望を感じる時季ももはや終わりに近く、
"春"がやってきているようです。

鶯の声を聞きます。
霜柱が立つのを早朝、時に目にもしますが、冬枯れた草原に緑の塊があちこちに広がっています。
白や紅の梅が咲き誇り、早咲きの桜の蕾は大いに膨らみ、花びらを広げているのもあります。
何といっても、風の頬を撫でる心地に春が。

久しぶりのご挨拶です。
いかがお過ごしでしょう。
語坊は定期朗読会70回と15周年記念の会の開催を念じつつ、このコロナ期をひたすら前向きに歩んでおります。
もうすぐその時がやってきそうな・・・・・・。
また新しい株が出てきたとも耳にいたします。

等々申しても、この一日この一瞬を過ごさねば明日は来ず。
明日が来ねば定期朗読会70回と15周年記念の会は来ず。
ひたすらにきっちりと歩んでまいりましょう。
お出かけを楽しみに皆様も日々よく過ごされますようお願いいたします。

20年前の朗読ユニット語坊

20年前の朗読ユニット語坊

お聞きになってくださる皆様が、それぞれイメージをお持ちの作品ではないかとご推察。
語坊も声にしてみました。
声にすればするほど持ち上がってくるものがあり、「朗読」という塲(分野)での表現も、「こころ」という読み手自身も耕され、
伝えきれないものがまだまだあるのを感じているとともに、表し切りたいと切望してやまない作品です。
作品評価や己の事を言ってどうなるものではありませんが、
お聞き下されたし。


■羅生門 芥川龍之介 作

節分の豆まきに登場する「鬼」
「桃太郎」にでてくる鬼、「泣いた赤鬼」の赤鬼青鬼。その他その他。
「般若」「天狗」「邪鬼」「人鬼」も鬼につながるらしい。
「鬼とは何か」と馬場あき子氏は「鬼の研究」(ちくま文庫)という書の中で書きはじめておられる。
初めて文献に出てきたのは・・・・・・とかも。
まだ読了してないなー、この本。
なんてこと思いつつ「鬼退治」読んでみた。


■鬼退治 下村千秋 作

20220202

今日の日はさようなら
作詞・作曲 金子詔一

いつまでも絶えることなく
友だちでいよう
明日の日を夢見て
希望の道を

空を飛ぶ鳥のように
自由に生きる
今日の日はさようなら
またあう日まで

信じあうよろこびを
大切にしよう
今日の日はさようなら
またあう日まで
またあう日まで


時期は卒業の候を迎え、式ではこの歌。
「NHKみんなのうた」で配信され、「BS朝日子供たちに残したい美しい日本の歌」にも選ばれ、
はては居酒屋さんで歌う歌う歌う。
みんなが知っているなじみある歌です。

1960年代のフォークソングブームに乗ってということでもなく、
それと一線を画するようにというふうに出来上がった曲でしょうか。
権力にたてつくことせず、反社会的に別の場所をつくるとかでなく、ただひたすらに友と共に明日を夢見、希望の道を信じ、「今日」を日一日と精一杯積み重ねて歩んでいこうと歌う。
浮世離れではないでしょう。
金子氏の書き物の中から垣間見られる、「自由」や「信じること」へのあこがれは危うい状況を察知していたからこそではないでしょうか。
それへの希求は、沸き上がり、燃え上がり、民衆の声、民衆の歌、フォークソングとなり歌われたのだと「歌は語る」記者は思います。
「今日の日はさようなら」と歌う言葉は、願いつつ祈りつつ生きてゆく人間の「日」への賛歌。
普遍の人の生き方。

氏は立教大学の学生時代「青少年非行防止」を旨としたボランティア活動に携わり、その活動の途上のある日、ベルリンの壁の前に立ちます。
この時、越えられない壁、越えてはいけない壁を持った人間たちとは違い、いいえ尻目に、
鳩が分断された国を自由に行き来しているのを目にします。
それは強い印象となり詞が生まれたと聞きます。
ボランティア活動の中で歌われ、フロッギーズ、ジョーン・バエズ、森山良子、と歌い手の妙もあり、大いに人々に広がったとのことです。
後、属していたこのボランティア組織が法人化されたおり、そのセンターの「うた」ともなっていることが伝えられています。

金子氏はこのほか何曲か、また校歌等の作品がおありですが、英語の学校の経営者、先生ということの方が世に知られているようです。

大寒を過ぎ越し、立春の頃から体内に陽の気が上がってくる感覚があると、ある方が言っています。
「大草原の小さな家」のローラは自分のいのちのリズムに気づき、自分のいのちを物語るために自分の耳や心を調律し・・・・・・と本に書かれています。
さーーーーーーて、うーーーーーーん。
われらもともに、歌いましょうぞ。
歩きましょうぞ。

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