語坊

横須賀・三浦を中心に活動する朗読ユニット「語坊(ユファン)」のウェブサイトです。

2022年05月

お住の倅に死別れたのは茶摘みのはじまる時候だつた。倅の仁太郎は足かけ八年、腰ぬけ同様に床に就いてゐた。かう云ふ倅の死んだことは「後生よし」と云はれるお住にも、悲しいとばかりは限らなかつた――

■一塊の土 芥川 龍之介

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こころ
金子みすゞ 作詞  吉岡しげ美 作曲



おかあさまはおとなで おおきいけれど おかあさまのおこころは ちいさい
だって おかあさまは いいました
ちいさいわたしで いっぱいだって

わたしはこどもで ちいさいけれど ちいさいわたしのこころは おおきい
だって おおきいおかあさまで まだいっぱいに ならないで 
いろんなことを おもうから



母の日がやってきます。
ア~ こんな歌がありました。
御存知でしょうか。

これを歌う主人公は子ども。
この詩を聞いたおかあさまはびっくりでしょう。
そしてほほえみ、お子さんを思わず抱きしめる図が浮かび上がります。

こんな感性を子供たちはみんな持っているのではないでしょうか。
つぶさないように、芽生えを待てるように、そして花開くように、そしてそして実がなりますように。

母の日。
子は母を想い、母は母を想い、子を想う。
母でない人も母を想います。

今年の「母の日」は5月8日。
子どもの日は5月5日です。

ちなみに、諸説ある母の日のいわれですが アメリカで1905年5月9日に亡くなったミセス・ジャービスを追悼しようと、娘さんのアンナ・ジャービスが教会で 白いカーネーションを配った。その習慣が徐々に広がり、1914年、当時のアメリカ大統領ウィルソンが アンナの母が亡くなった5月の第2日曜日を母の日と制定し、国民の祝日としたとか。所説についてはまた宿題です。ジャービスさんについても。 探究のほどよろしく。
日本では、明治末期頃にキリスト教を通じてカーネーションを配る母の日が伝わり、 1915年(大正4年)に教会で行われてから、一般にも少しずつ広まっていき、 1947年(昭和22年)に、公式に5月の第2日曜日が母の日となりましたとか。

末筆になってしまいましたが、作曲者は1949年9月11日東京にお誕生。日本の女性詩人の作品に曲を付けて歌う音楽家。「女、詩、生命…歌い続けて」40年になられるという。毎年の七夕コンサートも続けられている。(ホームページほか)

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