語坊

横須賀・三浦を中心に活動する朗読ユニット「語坊(ユファン)」のウェブサイトです。

カテゴリ: 歌は語る

uta_202206

昭和53年 1978年。
♪雪どけ間近の北の空に向かい 過ぎ去りし日々の夢を叫ぶとき・・・・・・・
この歌が山口百恵さんによって歌われ巷に溢れました。

いい日旅立ち
谷村新司 作詞・作曲


雪解け間近の北の空に向い 過ぎ去りし日々の夢を叫ぶ時
帰らぬ人達 熱い胸をよぎる せめて今日から一人きり 旅に出る

あゝ日本のどこかに 私を待ってる人がいる
いい日 旅立ち 夕焼けをさがしに 母の背中で聞いた歌を道連れに…

岬のはずれに少年は魚釣り 青いすすきの小径を帰るのか 
私は今から 想い出を創るため 砂に枯木で書くつもり“さよなら"と

あゝ日本のどこかに 私を待ってる人がいる
いい日 旅立ち 羊雲をさがしに 父が教えてくれた歌を道連れに…

あゝ日本のどこかに 私を待ってる人がいる
いい日 旅立ち 幸福をさがしに 子供の頃に歌った歌を道連れに…


語る言葉の浮かばぬざわつく日々に、この歌を届けたいと思いました。

もう一曲。
これは横浜の方にお住まいの方が作られました。

時を越えて
三上淑惠 作詞・作曲


覚えていますか 父の背に肩車
覚えていますか 母の手のぬくもりを
時は流れ 風はそよぎ うた 歌は響き
人は山を越えて 海を渡ってゆく 命を抱いて

感じていますか 今 生きてることを
感じていますか 今 愛されてること
時は流れ 風はそよぎ うた 歌は響き
人は山を越えて 海を渡ってゆく 命を抱いて

歩んでいますか 今 この時 自分なりに
語っていますか  あなたの愛する人と
時は流れ 風はそよぎ うた 歌は響き
人は山を越えて 海を渡ってゆく 命を抱いて


ざわつく日々に  平安が来ますように

uta_202205

こころ
金子みすゞ 作詞  吉岡しげ美 作曲



おかあさまはおとなで おおきいけれど おかあさまのおこころは ちいさい
だって おかあさまは いいました
ちいさいわたしで いっぱいだって

わたしはこどもで ちいさいけれど ちいさいわたしのこころは おおきい
だって おおきいおかあさまで まだいっぱいに ならないで 
いろんなことを おもうから



母の日がやってきます。
ア~ こんな歌がありました。
御存知でしょうか。

これを歌う主人公は子ども。
この詩を聞いたおかあさまはびっくりでしょう。
そしてほほえみ、お子さんを思わず抱きしめる図が浮かび上がります。

こんな感性を子供たちはみんな持っているのではないでしょうか。
つぶさないように、芽生えを待てるように、そして花開くように、そしてそして実がなりますように。

母の日。
子は母を想い、母は母を想い、子を想う。
母でない人も母を想います。

今年の「母の日」は5月8日。
子どもの日は5月5日です。

ちなみに、諸説ある母の日のいわれですが アメリカで1905年5月9日に亡くなったミセス・ジャービスを追悼しようと、娘さんのアンナ・ジャービスが教会で 白いカーネーションを配った。その習慣が徐々に広がり、1914年、当時のアメリカ大統領ウィルソンが アンナの母が亡くなった5月の第2日曜日を母の日と制定し、国民の祝日としたとか。所説についてはまた宿題です。ジャービスさんについても。 探究のほどよろしく。
日本では、明治末期頃にキリスト教を通じてカーネーションを配る母の日が伝わり、 1915年(大正4年)に教会で行われてから、一般にも少しずつ広まっていき、 1947年(昭和22年)に、公式に5月の第2日曜日が母の日となりましたとか。

末筆になってしまいましたが、作曲者は1949年9月11日東京にお誕生。日本の女性詩人の作品に曲を付けて歌う音楽家。「女、詩、生命…歌い続けて」40年になられるという。毎年の七夕コンサートも続けられている。(ホームページほか)

uta_202204

星に願いを
島村 葉二 作詞    Leigh Harline 作曲



輝く星に心の夢を 祈ればいつか叶うでしょう

きらきら星は不思議な力 あなたの夢を満たすでしょう

人は誰もひとり 哀しい夜を過ごしてる

星に祈れば淋しい日々を 光り照らしてくれるでしょう


1940年のディズニー映画「ピノキオ」の主題歌。
作曲したリー・ハ―ライン氏はディズニーの専属作曲家。
原詩はネッド・ワシントン氏で、この詞はじめ、アカデミー賞を何度も手にする作詞家。
ディズニー映画「白雪姫」でも活躍。
又往年のTV映画「ローハイド」のテーマソング「ローレンローレンローレンローハーイ」と歌いだすその詞もこの方の作品。

ここにあげた日本語詞は原詩の訳ではなく、島村葉二氏のもの。
曲を先に知り、この詞を知った筆者ですが、この歌を「今 語りたい」。

ピノキオはイタリアの作家カルロ・コッローディが1883年に出版した作品「ピノッキオの冒険」の主人公の名で、ゼぺットじいさんが作りだした木彫り操り人形。ピノは松の木の意味。それではキオは?と分割するものでもないらしい。ピノキオと言うと松の実かもという説もあります。そこからピノキオは松の木っ端で作られ、「人間になる」夢が叶う、実になったということで、そうか「ピノッキオ」なのかーという読み取りもできます。

この「星に願いを」は先にも書きました通りディズニー映画「ピノキオ」の主題歌です。原作よりこのディズニーの「ピノキオ」のほうが巷に広がったとか。
「人間になる」道の歩みの物語という心根、「人間になる」大切さと大変さ。
「勇気をもって正直でやさしい性格になれば人間になれる」とディズニー作品に登場するブルー・フェアリーは言うのです。ピノキオはそう願いながらもなかなかなかなか。
ゼぺットじいさんはピノキオを作ったときからずっとピノキオに願い、見守っています。
そしてついに・・・・・・・

祈ります。
願います。
輝く星に 心の夢を 祈れば いつか叶うでしょう
心の夢は思想によってちがってしまうのが、これまた「人間」とは!?

uta_202203

「ハハ のんきだね」と言う囃子ことばをご存知ですか。

「のんき節」の節の最後に置かれたこの言葉「ハハ のんきだね」をよく口にしていたというおばが亡くなりました。
このおばは、「ケセラ・セラ」の歌も好きでした。
一生懸命な人でした。
チャチャチャ、シャシャシャ、セッセ、トットと動き(世のため他人のため―身内贔屓でしょうが)、笑う時はクシャッと目をつぶる。

まま、個人の話はこれまでにし、
この「のんき節」色々な方が歌い、様々な歌詞があります。
俗謡という部類の歌で、社会風刺がテーマです。

大正6,7年ころの添田唖蝉坊作詞作曲、土取利行(つちとりとしゆき)弾き唄いが最初のようです。
おばが知っていたのは春日八郎が歌っていた作品かもしれません。
昭和に入ってから、吉本興業在籍の石田一松という、初めてのタレント議員と評される方も作詞しています。
ずっと新しく氷川きよしも「のんき節」を歌っていますがこちらは作曲も作詞も新しい方です。

詞はたくさんあるので、多くを割愛させていただき、この欄では記者の好みの詞を載せさせていただきます。


楽曲  「のんき節」
添田唖蝉坊(そえだあぜんぼう)ほか 作詞作曲


ポスター貼るのも結構ですけど 貼っていけない場所がある
氷屋さんの店先に 買いだめするなと書いてある ハハ のんきだね

月給を二倍にしてあげましょう 税金も二倍にしてあげましょう
物価は三倍 四倍に してあげましょう
私の算術なかなかうまいでしょ ハハ のんきだね

パリの空の下 セーヌは流れる 東京は隅田という名の ドブが流れてる
オリンピックに集まる 青い目の人たちは
さだめし鼻をつまんで見物されるだろう ハハ のんきだね



世界情勢や、コロナの事、次回オリンピックの事等々思いは千々乱れます。
「ハハ のんきだね」という思いも加えて、人類はここまで「生」をつないできました。
が、どこまで「ハハ のんきだね」? いつまで「ハハ のんきだね」!

平安をいただきたいものです。

20220202

今日の日はさようなら
作詞・作曲 金子詔一

いつまでも絶えることなく
友だちでいよう
明日の日を夢見て
希望の道を

空を飛ぶ鳥のように
自由に生きる
今日の日はさようなら
またあう日まで

信じあうよろこびを
大切にしよう
今日の日はさようなら
またあう日まで
またあう日まで


時期は卒業の候を迎え、式ではこの歌。
「NHKみんなのうた」で配信され、「BS朝日子供たちに残したい美しい日本の歌」にも選ばれ、
はては居酒屋さんで歌う歌う歌う。
みんなが知っているなじみある歌です。

1960年代のフォークソングブームに乗ってということでもなく、
それと一線を画するようにというふうに出来上がった曲でしょうか。
権力にたてつくことせず、反社会的に別の場所をつくるとかでなく、ただひたすらに友と共に明日を夢見、希望の道を信じ、「今日」を日一日と精一杯積み重ねて歩んでいこうと歌う。
浮世離れではないでしょう。
金子氏の書き物の中から垣間見られる、「自由」や「信じること」へのあこがれは危うい状況を察知していたからこそではないでしょうか。
それへの希求は、沸き上がり、燃え上がり、民衆の声、民衆の歌、フォークソングとなり歌われたのだと「歌は語る」記者は思います。
「今日の日はさようなら」と歌う言葉は、願いつつ祈りつつ生きてゆく人間の「日」への賛歌。
普遍の人の生き方。

氏は立教大学の学生時代「青少年非行防止」を旨としたボランティア活動に携わり、その活動の途上のある日、ベルリンの壁の前に立ちます。
この時、越えられない壁、越えてはいけない壁を持った人間たちとは違い、いいえ尻目に、
鳩が分断された国を自由に行き来しているのを目にします。
それは強い印象となり詞が生まれたと聞きます。
ボランティア活動の中で歌われ、フロッギーズ、ジョーン・バエズ、森山良子、と歌い手の妙もあり、大いに人々に広がったとのことです。
後、属していたこのボランティア組織が法人化されたおり、そのセンターの「うた」ともなっていることが伝えられています。

金子氏はこのほか何曲か、また校歌等の作品がおありですが、英語の学校の経営者、先生ということの方が世に知られているようです。

大寒を過ぎ越し、立春の頃から体内に陽の気が上がってくる感覚があると、ある方が言っています。
「大草原の小さな家」のローラは自分のいのちのリズムに気づき、自分のいのちを物語るために自分の耳や心を調律し・・・・・・と本に書かれています。
さーーーーーーて、うーーーーーーん。
われらもともに、歌いましょうぞ。
歩きましょうぞ。

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