語坊

横須賀・三浦を中心に活動する朗読ユニット「語坊(ユファン)」のウェブサイトです。

カテゴリ: 歌は語る

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You Raise Me Up ユー・レイズ・ミ―・アップ
ブレンダン・グラハム 作詞  ロルフ・ラヴランド 作曲

When I am down and, oh my soul, so weary
When troubles come and my heart burdened be
Then, I am still and wait here in the silence
Until you come and sit awhile with me
You raise me up so I can stand on the mountains
You raise me up, to walk on stormy seas
I am strong, when I am on your shoulders
You raise me up to more than I can be


ロルフ・ラヴランドは作曲後、何か引っかかるけど気に入らないなー捨てようか、けれど何かひっかかるなーと思案投げ首。

この曲は歌詞をほしがっているのだと感じ、ブレンダン・グラハムに依頼。

グラハムは曲を聞くや、情景や言葉が浮かびあがってくるではないか!と作詞開始。

出来上がりました。
「You Raise Me Up ユー・レイズ・ミ―・アップ」 
今では125の言語で歌われているそう。
日本語訳も一つではありませんがその中から一作を書き写させていただきます。
と思いましたが「初勉強していただきましょう」と考えました。

私の気持ちが弱ったとき、私は鎮まって支え手を待ちます
支え手によって、山の上に立つことも、嵐の海も歩ける
支え手に担われ宥められると私は強くなれる 
支え手はわたしの限界以上にわたしを高めてくれる


こんな内容かととらえました。
動画でも多くの歌声が流れます。
これもチャレンジして探してみていただければ。

ブレンダン・グラハム氏は1945年生まれのアイルランド出身の詩人で、コロナ禍の中「The Watch Man(見守る人)」という詞を公開。
――見守る人とは神様とか、サンタクロースみたいな無償の愛を注いでくれる人のことかもしれないけれど、もしかしたら今、私たち人間もお互いに「The Watch Man」になり合って、見つめ合い、心を重ね合う時なんですよ、というメッセージのようにも感じられました。とコカリナ奏者黒木黒太郎氏。(サイト参)

ロルフ・ラヴランド氏は1955年生まれの南ノルウェー出身の方で、「シークレット・ガーデン」という混声グループの一員。
9歳の頃からバンドを結成し,2校の音楽学校で学び、博士号を得ておられるとか。
「You Raise Me Up ユー・レイズ・ミ―・アップ」は2002年「シークレット・ガーデン」によってリリースされました。

今朝こんな言葉を耳にしました。
「絞り出してでも元気は自分から出すもんだからね」
そう。

如何にせよ、健やかに、恙なき日々ができるかぎりはやく訪れんことを祈ります。

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メモリー  ミュージカル「キャッツ」から
浅利慶太 訳詞  アンドリュー・ロイド・ウェバー 作曲

メモリー 仰ぎ見て月を 思い出を辿り 歩いてゆけば
出逢えるわ 幸せの姿に 新しい命に

メモリー 月明りの中 美しく去った 過ぎし日を思う
忘れない その幸せの日々 思い出よ 還れ

街の灯は 消え去り 夜の終わりが 古き日は去り行きつつ 夜明けが近づく

デイライト 夜明けとともに 新たな命を 日はもう昇る
この夜を思い出に渡して 明日(あした)に向かうの

木漏れ陽は輝き 光があふれる 花のように朝が開く 思い出は去る

お願い 私にさわって 私を抱いて 光とともに
わかるわ 幸せの姿が ほら見て あしたが


「キャッツ」という猫の世界を舞台にしたこのミュージカルを私は見たことがないのですが、この「メモリー」という劇中歌、なんてすばらしいと聞き入っていました。

日本では「劇団四季」の公演でした。その創設者でもあられた浅利慶太氏が訳された詞です。この作品の原本はT.S.エリオットというノーベル文学賞作家の「ポッサムおじさんの猫とつきあう法」。ポッサムおじさんとはエリオットの事。この中の詩に曲をつけたのがA.L.ウェバー。この方はよい詩を読むとすぐ言葉に音楽が湧いてくるのだそうです。いっぱい出てくる猫たちの性格付けをし、曲をつけ物語に仕立てたのです。

この曲を歌う、老いさらばえたグリザベラという名の猫は、実はこのミュージカルのためにエリオットの別の作品から連れられてきたのだそうです。
名の知れた娼婦猫、暗い過去を背負いながら救済を願う罪深い猫。過去の人生華やかなるころと今を思い歌う。彼女の思いを掬い取る幼い猫シラバブも援け支え歌う。

登場する猫たちは古い路地裏に住み、人間に飼いならされることを拒否し、自らの人生を謳歌する強い心と無限の個性、行動力を持ちジェリクルキャッツと呼ばれている。

ある宵、24匹の猫たちはもっとも純粋なジェリクルキャッツを選ぶ。
選ばれたのはグリザベラでした。

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朝はどこから
森 まさる 作詞  橋本國彦 作曲


朝はどこから来るかしら あの空越えて 雲越えて 光の国から来るかしら
いえいえ そうではありませぬ それは希望の家庭から
朝が来る来る 朝が来る 「お早う」 「お早う」

昼はどこから来るかしら あの山越えて 野を越えて ねんねの里から来るかしら
いえいえ そうではありませぬ それは働く家庭から
昼が来る来る 昼が来る 「今日は」 「今日は」

夜はどこから来るかしら あの星越えて 月越えて おとぎの国から来るかしら
いえいえ そうではありませぬ それは楽しい家庭から
夜が来る来る 夜が来る 「今晩は」 「今晩は」

もやもやからすこーし抜け出た感じのいたしますこのところの世情。
いかがお暮らしでしょうか。

この「朝はどこから」の歌声が岡本敦郎氏の歌声で戦後すぐのラジオから流れたのは昭和21年1946年。
戦後初めての映画「そよかぜ」の中で歌われた「リンゴの歌」と共に大いに巷に流れたと。
この後「三日月娘」「あざみの歌」「山小舎の灯」「さくら貝の歌」「森の水車」「雪の降る町を」など、ともにラジオ歌謡という流れが長くありました。

「た」と過去にしてしまえないほど「今」に歌い続けられています。

橋本國彦氏は1904年明治37年9月4日東京本郷のお生まれ。深尾須磨子氏の詩の「泉のほとり」をご存知でしょう、♪みずよ~みずよ~あきの~みずよ  と歌いだされます曲ですが、この曲の作曲者でもあります。

森まさる氏は戦後日本を励ますために新聞社がもうけた懸賞への応募作品一位を採った方。そうなのです、「朝はどこから」はこの一位の作品! なのです。

時代の経った今、現状は歌われている中身に疑問符がついたりもしますが、歌うと元気になってくるのは語坊筆者の生まれた時代とリンクするからでしょうか。

ちなみに、歌った岡本敦郎氏は第一回コロンビアレコードのオーディションで歌手に。この曲がデビュー曲。後「白い花の咲く頃」「高原列車は行く」他歌唱されています。

「朝」が来て、「昼」が来て「夜」が来る身心ともに健やかな毎日が重ねられますよう

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いつしか風も冷ややかになり、朝の散歩もプラプラとゆっくり。
坂道を上りながら見上げる空は高く青く、白い雲の広がりがもう秋なのだなーと思わせる。
その瞬間に浮かぶ歌。
♪今はもう秋〰
&♪秋でもないのーに~
いつもこれだ―なー、沁みこんでいる。

「歌は語る」今月分け合いたい「語る歌」。
自分外の世界覗いてみようか、ネットサーフィンいってみよう。
「秋の歌ベスト10」何故か知らない歌ばかり。世の中かわってしまったのだな。
「日本人の心に響く秋の歌」かろうじて何曲か今までに語ってもらった曲たちもい、なじみの曲もあるけれど。
「秋の童謡・唱歌」そこにありました!
「童謡・唱歌」ここにいると穏やか、落ち着く、思いは広がる、友人知人故人にも会える気がする。

その中から「こおろぎ」。この歌、今歌いたい。

楽曲「こおろぎ」
関根栄一 作詞  芥川也寸志 作曲


こおろぎ ちろちろりん こおろぎ ころころりん 
ちろちろりん ころころりん

にいさん ちろちろりん おとうと ころころりん
ちろちろりん ころころりん

やさしい ちろちろりん かわいい ころころりん
ちろちろりん ころころりん


小さい体で大きく鳴いています。
夕暮れから夜じゅう明け方まで。
鳴きたりないのか昼も。
今月は「こおろぎ」歌いながら散歩を楽しんでまいりたし。
とりあえず皆様、10/2(土)午前7時それぞれのおうち出発!後30分間くらい、「こおろぎ」歌いながら散歩決行!
帽子、ハンカチはながみ、マスク、ソーシャルディスタンス。
大雨大風その他諸々のご事情のある場合は決行しないでおきましょう。

作詞の関根栄一氏は、ご存知の方多いでしょう團伊玖磨氏作曲で♪あんまりいそいで こっつんこ ありさんとありさんと こっつんこ~をも作られました方。
もちろん他にも他にも。NHK学校音楽コンクールの課題曲を何回か作られたり、校歌他もたくさん。「円卓の騎士」のアニメ作品ではテーマ曲始め関連曲も。
作曲の芥川也寸志氏は、♪小鳥はとってもうたがすきー・・・・・・♪ブランコゆれるおそらがゆれる・・・・・・の童謡の作曲者というより、音楽家か。
作曲のジャンルは多岐にわたり、活躍の場も多岐にわたり、音楽番組司会者、物書きとしても大いに活躍された方です。

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夏休みの旅行とばかり思いこんでいました。
東大生の「私」は秋に旅をしているのでした。

何回も映像化され、ヒロインは売り出しの女優さん。
「私」はペアで売り出されます。
この作品の原本著作は川端康成。タイトルは「伊豆の踊り子」。

 道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思うころ、雨足が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追って来た。
 私は二十歳、高等学校の制帽をかぶり、紺飛白の着物に袴をはき、学生カバンを肩にかけていた。一人伊豆の旅に出てから四日目のことだった。修善寺温泉に一夜泊まり、湯ヶ島温泉に二夜泊まり、そして朴歯の高下駄で天城を登って来たのだった。重なり合った山々や原生林や深い渓谷の秋に見とれながらも、私は一つの期待に胸をときめかして道を急いでいるのだった。そのうちに大粒の雨が私を打ち始めた。折れ曲がった急な坂道を駆け登った。ようやく峠の北口の茶屋にたどり着いてほっとすると同時に、私はその入口で立ちすくんでしまった。あまりに期待がみごとに的中したからである。そこに旅芸人の一行が休んでいたのだ。

川端康成『伊豆の踊り子』


朗読教室で必ずテキストになる作品。男性の声でききたい。
学ぶ身としては、これがこの作品らしく音声化できると嬉しい。

この物語が歌になる。文芸歌謡と呼ばれる作品が作りあげられていった。
1928年1月1日、三浦三崎の海を眼下に、城ケ島に一飛びというような
高台にあるお寺様で生まれた三浦洸一氏が歌った。
黒柳徹子もともにいたという今の東京音大、当時の東洋音大で学ばれた。
端正な明るめなとてもいい声。艶のある錬れた声音はご自身のものだけでなく、代々のDNAかもしれず。

楽曲「踊子」
喜志 邦三 作詞 渡久 地政信 作曲


さよならも言えず泣いている
私の踊子よ・・・・・・ああ船が出る
天城峠で会うた日は
絵のようにあでやかな
袖が雨にぬれていた
赤い袖に白い雨・・・・・・

月のきれいな伊豆の宿
紅色の灯(ともしび)に
かざす扇舞すがた
細い指のなつかしさ・・・・・・

さよならも言えず泣いている
私の踊子よ・・・・・・ああ船が出る

下田街道海を見て
目をあげた前髪の
小さな櫛も忘られぬ
伊豆の旅よさようなら・・・・・・


作詞の喜志邦三氏(1898/M31/3/1-1983/S58/5/2)は大阪府堺市生まれ、甲子園口に長く居住された。早稲田大学英文科卒業後新聞社勤務。12歳ごろから始められた詩作によって号を「麦雨」とし抒情詩を発表し続けた。新聞社勤務の後、神戸女学院大学で詩学など講じられた。詩集や論評を多くものし、新進詩人の育成にも努められた。国民歌謡「春の唄」「お百度こいさん」もこの方の作。

作曲の渡久地政信氏(1916/T5/10/26-1998/H10/9/13)は沖縄恩納村生まれ。
1943年歌手デビューの後1951年作曲家デビュー。「お富さん」「島のブルース」
「湖愁」「ああ青春に花よ咲け」などヒット曲多数。

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